◆GHQによる皇室制度変革の実態
平沼先生とはかつて昭和天皇が崩御された際、御代替わりの諸儀式をどのように伝統に則って行えばいいか、共に微力を尽くしたことがある。その平沼先生が世話人を代表されるこの会で、皇室制度についての問題点等を話してもらいたいとの依頼を受け、何かの縁というものを改めて感じさせられた。限られた時間ではあるが、戦後の皇室制度のあり方をめぐる経緯や問題点等について、おおよその見取り図のようなものを話したい。
改めて指摘するまでもなく、戦後の皇室制度は六年八ヶ月に及んだ占領政策の中で抜本的な変革を遂げたが、その変革には大きく分けて三つの側面がある。
まず一つ目は、主として民政局が担当した法的政治的側面。天皇が持っておられた政治的・軍事的権限を剥奪して、形式的な国家元首である「象徴」にする一方、それに見合った皇室制度を樹立した。これは最終的に、憲法の全面的改正、つまり日本国憲法の制定と現皇室典範の制定によってなされた。
二つ目が、主として経済科学局(財閥解体等を行った部局)が担当した経済的側面である。要するに、膨大な財産を所有していた皇室を財閥の一種と見なして、そのほとんどを国有財産に編入して、皇室経費の全てを国会のコントロール下に置くことにした。皇室の経済的基盤を奪ってしまうことがその大きな目的であった。これは最終的には憲法改正と皇室経済法の制定、さらに宮内省の規模の大幅縮小などによってなされた。
なお、現在の皇室典範問題の議論の中で浮かび上がってきた十一宮家の臣籍降下も、この時の経済的圧力の下でなされた異例の措置であった。
そして三つ目は、主として民間情報教育局という言論・宗教・教育などを担当した部局が担った精神的側面であるが、あらゆる手段を講じて国民の天皇崇拝意識の除去を目指した。国家神道の廃止、神道指令の発出、修身・日本歴史・地理教育の停止、いわゆる「人間宣言」詔書の発出、御真影(天皇皇后両陛下の御写真)の回収、御真影を安置していた奉安殿の撤去、宮城遙拝や「天皇陛下万歳」の禁止、祝祭日の抜本的な改変等々、ありとあらゆる方面にGHQは目配りした。仮に日本が逆の立場であった場合、アメリカ人の精神構造を変えるために、そのような政策を構想し、実施しただろうかということを考えると、これがいかに執拗かつ周到な政策だったかが分かる。
今や占領が終わって半世紀以上が経つが、こうした占領下の政策の後遺症は今なお各方面に残っている。また、それは今日における我々の問題意識の原点にもなっている。
◆旧皇室典範と現行皇室典範の違い
次に、旧皇室典範と現在の皇室典範の違いや特徴を、憲法にも触れつつ整理したい。
まず、現憲法は帝国憲法七十三条の改正規定によるものであり、二つの憲法は内容的には革命的に変化しているが、そこには法的な連続性があり、これが一つの重要なポイントとされている。ところが、現皇室典範と旧典範の間には全く法的な連続性がない。これが現典範の第一の特徴だといえる。本来、現典範は旧典範六十二条の改正規定によるべきであったが、それによらず、当時の帝国議会で別途に新法律として制定された。旧典範は新典範が発効した日の前日に廃止されている。
二番目は法体系の構造の違いである。旧典範及び旧憲法の時代には、国務法と宮務法という二元的法体系であった。従って旧典範は憲法と対等であり、その改正や増補には議会の関与は一切ない。国務法は一般の政治に関することであり、憲法を頂点に法律や勅令などからなり、宮務法は皇室典範を頂点として、皇室令や宮内省令などからなる。
ところが現典範は、憲法を頂点とする一元的な法体系の下での一法律に過ぎない。従って、国会の議決により、単純に多数決で改正できることになる。
三番目は構成の違いである。旧典範は全六十二箇条あったが、現典範は全三十七箇条であり、約半分近い条文が削られた。旧典範の内容は、皇位継承、践祚・即位、成年、立后、立太子といった事柄。また敬称、摂政、太傅(未成年の天皇に教育をなさる方)、皇族に関すること、世伝御料(皇室の固有の財産)、皇室経費、さらに皇族訴訟及び懲戒、つまり皇族方に不行き届きの事があった場合の対処、さらに皇族会議が置かれている。このようにかなり細かい章立てになっている。一方、現典範には、皇位継承、皇族、摂政、成年、敬称、即位の礼、大喪の礼、皇統譜(皇室の方々の戸籍)及び陵墓、皇室会議がある。
旧典範の皇族会議は天皇が主催され、天皇が指名される皇族が議長になり、皇族だけで行われる会議であるが、現典範の皇室会議は内閣総理大臣を議長として、衆参両院議長・副議長、三権の長、宮内庁長官、そして皇族の代表は二人だけ議員になられるという会議である。このように、両者の性格はかなり違う。また現典範には即位の礼、大喪の礼の条文は一応あるが、例えば大嘗祭などの皇位継承儀礼の基本的な事柄は書かれておらず、いわば木目の粗さが問題となっている。
さらに四番目の違いとして、旧典範の下には皇室令があったが、こうした法令は現憲法の下にはない。皇室令は皇室に関する事柄について、議会の関与なくして定めた基本的な法令であり、法律を飛び越えたいわゆる勅令とも言える。この皇室令は明治末年と大正末年二度に渡って集中的に整備されたが、当時の宮内省の文例によれば皇統譜、親族、皇室祭祀、登極(皇位継承)、御服、立儲(立太子)、成年、さらに宮中における様々な儀礼、皇室の御紋、それから皇室の御葬儀、天皇が崩御された場合の服喪期間、陵墓等々、実に網羅的な規定が置かれている。
ところが、皇室令は旧典範の廃止と同時に廃止になったが、現典範の下で皇室令に代わるものとして作られたのは、新しい皇統譜令、皇室経済法、皇室経済法の施行に関する法律(皇室経済法施行法)、そして宮内庁法のわずか四件のみである。これは当時の占領下ではやむを得なかったと言えるが、占領が終わってすでに半世紀以上も経つが、その後に制定されたのは、国事行為の臨時代行に関する法律と元号法の二件のみである。これはどう考えても、立法府及び行政府の怠慢だと言わざるを得ない。
とはいえ、このように法が欠ける中、当時の宮内省はこのことに配慮し、新しい法が出来ない間は、旧令に則って行うという通牒を出した。それに基づき、例えば皇族方の成年式は、皇室成年式令に則って賢所の大前で行われ、あるいは歌会始や講書始は、皇室儀制令に則って今も変わらず行われている。
その一大集成が、昭和から平成の御代替わりの際の昭和天皇の御葬儀から今上陛下の即位の礼・大嘗祭であった。これらは、かつての皇室葬儀令や登極令に出来るだけ則って行われ、辛うじて今日に至っている。しかし関係法規は今なお不備のままであり、例えば大嘗祭に国費が出るのは違憲だとか、各地で裁判沙汰になった。こうした訴訟は全て最高裁において「憲法上問題はない」という判決が出ている。こうした判例を踏まえ、可能な限りきちんと整備すべきである。
◆現行皇室制度の問題点
すでに先走りして、今の皇室制度の問題点にも言及したが、先に指摘したポイントを踏まえて、今日の皇室制度の問題点を指摘したい。
まず一つ目は憲法の規定の問題である。昨秋公表された自民党の憲法草案を作るにあたっては、最後まで天皇を元首とするかしないか議論になったが、今のところ元首を採用するには至っていない。政府の解釈は、外国では天皇が元首の扱いを受けているということを認めているが、国内での地位をきわめて曖昧なままにしている。また学説としては、内閣総理大臣が元首だとか、国権の最高機関である衆議院議長が元首だとか、あるいは集合体としての内閣が元首だとかという馬鹿馬鹿しい話、さらに元首不在説もある。しかし、どこの国にも明文の規定があるなしにかかわらず、元首は存在する。それ故、国外であろうと国内であろうと、きちんと元首にすべきである。
そうでないが故に今日、大変非礼な事態が起こっている。天皇陛下が外国を訪問された場合、陛下は外国の元首に案内されて軍隊の儀仗を受けるが、外国の元首が日本を訪問して自衛隊の儀仗を受ける際は、自衛隊の先導将校が案内し、天皇陛下はそれを見ておられる。これは天皇が元首であるかどうかが曖昧だからである。こうした非礼が今もある。
これに関しては、もう一方に、天皇と自衛隊との結びつきを持たせたくないという意向が、宮内庁や政府の役人の一部にあることは間違いない。事実、自衛隊の幹部などが会合で集まった際、陛下に拝謁を賜る機会があるが、宮内庁はそのニュースや写真は一切出そうとしない。そうしたタブーがあることも認識していただきたい。
二つ目は天皇の国事行為と象徴としての公的行為の整合性の問題である。天皇の国事行為は憲法に列挙してある通り、総理大臣や最高裁長官の任命、法律や条約の公布、あるいは儀式を行うことなどである。これは制限的列挙と言われており、憲法に明文で書かれてあるもの以外は、それと類するものでも国事行為とはみなされない。
そうなると天皇陛下には国事行為と私的行為しかなくなるが、しかし例えば国民体育大会や戦没者追悼式へのご出席、あるいは園遊会へのご出席は私的行為ではない。しかし国事行為でもない。そこで行政は、「象徴としての公的行為」という一つの解釈を出して何とか凌いできたが、その結果、国事行為の中身と「象徴としての公的行為」の中身の整合性が問題となっている。例えば外交官の接受は天皇の国事行為だが、外国元首のおもてなしは「象徴としての公的行為」としてしか出来ない。つまり、外交官の方は憲法に明文があるが、元首の方は解釈で凌いでいる。しかも、「象徴としての公的行為」は国事行為よりも格が落ちる。こうした整合性の問題も考えていくべきである。
三つ目は皇室祭祀の法的位置づけの問題である。戦後は学説上も政府の解釈・運用も、皇室祭祀は天皇のいわば私的な信仰だという扱いできているが、果たしてそうか。そこには、いわゆる政教分離の規定が絡んでいるが、しかし皇室祭祀は特定の皇室の神道を一般国民に宣伝・教化・布教するものではない。それは要するに、今の言葉で言えば国家国民の平安・安寧・慶福と世界平和を祈るという、きわめて公的な立場からの祈りである。そして、そのことによって天皇は国民統合の象徴としての役割を果たされていると私は思う。その意味で、象徴天皇制のいわば基盤をなすものが皇室祭祀とも言えるのではないか。
今の憲法の下ではそういう解釈がなされていないが、しかし私は津地鎮祭訴訟の最高裁の判決が出した緩やかな政教分離の法理を適用すれば、十分にカバー出来ると思う。実際、平成の大嘗祭は皇室の公的行事という扱いで行われ、その費用は皇室費の中の宮廷費、つまりいわゆる公的費用から支出した。その意味で、一歩踏み込んだのは事実である。しかし、毎年行われる新嘗祭は今までと同じく私的な扱いを受けており、改めて理論的にも実際的にも検討すべきである。
◆皇室経済をめぐる「アンフェア」
四つ目の問題は――これが実は最も重大な問題だが――皇室経済の問題である。明治憲法の下では、大変大きな皇室財産が作られた。とはいえ、皇室がそのような膨大な財産を元にして、好き放題なことをやられたことは全くない。皇室は質素ということが古い時代からの伝統となっており、その伝統は明治以降も全く変わりがない。
ところが、すでに述べたように占領下、そうした膨大な皇室財産は国有財産に編入され、皇室は経済自治の基盤を失った。その上、憲法第八条によって、「皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない」とされた。これはつまり、皇室財産を召し上げたGHQが、占領は永遠に続くわけではないことを見越して、皇室に財産が増えるような余地をなくすべく、このようなきわめて厳しい枠を作ったということである。要は皇室の経済的な自立性を一切抑えておくことにしたのである。
国会の議決を経なければ、財産を譲り受けたり、与えたりすることが出来ないというのは、かつての禁治産者(今の成年非後見人)と同じである。今日の世界の中で、こんな法律を持っている君主国は私の知る限り見当たらない。これは占領が終わった後、「経過法」だということでもって削除すべきであった。
付言すれば、一円や二円の献上や下げ渡しでも国会の議決を必要とするというのは余りにも煩わしいということで、後に皇室経済法施行法において、一定の上限を認めている。国民が献上できる上限は千八百万円で、皇室が下賜できる上限が六百万円。これはないよりはいいが、桁が全然違うのではないか。
五つ目の問題は、この一方で、相続税などの税金を皇室の方が払っていらっしゃることである。例えば昭和天皇が崩御された際、対象となった相続税の総額は十八億六千万円であった。そこから基礎控除千八百万円を差し引いた約十八億五千万円に対して、最終的に相続税が掛けられたが、陛下が株式などを売却して納税された。その金額は公式には明らかにされていないが、約四億二千八百万円になったと言われている。
これは、考えてみればおかしな話である。一般国民は、法に触れない限り、株の投機であれ土地転がしであれ、お金を取得することも、お金を如何様に使うことも自由である。ところが皇室に関しては、譲り受けたり下賜できる金額には枠がはめられ、原則として国会の議決を得なければ財産の授受が出来ないという制約がありながら、他方、納税義務だけは一般国民と同じである。こんなアンフェアな話はない。 今は制度が変わっている面があるかもしれないが、以前私が調べた限りでは、イギリスとかオランダとかノルウェーなどでは、税は王室には掛からない。憲法八条を変えないならば、納税についてもっと公正な扱いをすべきである。
◆その他の課題
最後に、残された課題について簡単に述べたい。
まず、「伝統に則った皇位継承の安定性の確保」については今、平沼先生などとも相談しながら、男系主義に基づく皇室典範の新たな改正案の検討を行っている。
二つ目の「皇位継承に関する規定の不備」については、先にも指摘したが、三種の神器の授受や大嘗祭について全く法の規定がない。こうした規定を皇室典範の本編に入れるか、あるいは皇位継承法を新たに作り、先程述べたような最高裁の判例などに則った形の法を整備すべきかどうか、という問題になるのではないか。
三つ目の「関係法規の不備」は、先程述べた皇后さまを立てる、皇太子殿下を立てる、あるいは宮中の祭儀・葬儀・お墓といったような、かつて皇室令で規定されており、なおかつ今も必要であるものを整備するという問題である。あるいは、皇室経済法がいう「皇位と共に伝わるべき由緒あるもの」、つまり三種の神器、宮中三殿、皇太子殿下が立太子の時に戴く壷切の御剣、皇后陛下がつけられた冠などわずかなものであるが、そのリストをきちんと作るべきである。それについては占領下においても、あるいは占領が終わった後の国会の論議でも色々と議論されたにもかかわらず、未だにリストはきちんと出来ていない。宮内庁は相続の時にどさくさにまぎれてリストを作ったと言われるが、それは公表されていない。
四つ目は皇室の御公務についてであるが、皇室典範には明文では何も規定されていない。かつての皇室令においては、男子皇族は原則として陸海軍の武官と貴族院議員になることが決まっていた。あるいは法令ではないが名誉職として今と同じ様な、慈善や福祉や国際友好などの団体の総裁や会長になられたこともあった。そうした規定がないことが、皇太殿下の「御発言」などの大きな問題につながったとも思われる。とりわけ今日、元皇族の皇籍復帰が議論されてもおり、その方々が復帰された場合、御公務をどうすべきかということも含めて、この問題を検討すべきである。
それから五つ目は、皇室典範の改正問題に皇室の御意向を反映させるチャンネルが全くないという問題である。こんな言葉を使いたくはないが、こんな「非民主的」な法はないと言わざるを得ない。寛仁親王殿下の悲痛な御発言に言及するまでもなく、皇室典範の改正は皇室にとって最も関心があることであり、御意向を反映させるためのチャンネルの確保ということを、皇室典範の改正の中に入れるべきである。
そして最後の課題は宮内庁のあり方である。宮内庁法によると、現在の宮内庁は内閣総理大臣の管理下にあるが、宮内庁の前身の宮内府はある時期まで、内閣総理大臣の所轄にあった。「管理」の場合は、人事権はもとより宮内庁長官のあらゆる事柄が内閣総理大臣の指揮命令下になされるが、「所轄」になると公正取引委員会のように、人事権は内閣にありながら、業務は相対的に独立性を持ってくる。宮内庁は政治的な動きに巻き込まれないためにも、少なくとも独自の官庁として誇りを持って生え抜きの者が出来るだけトップになれるようなシステムにすべきである。そのためにも、宮内庁はかつての宮内府法の規定のように、内閣総理大臣の管理下ではなく所轄にすべきである。
以上、限られた時間ではあるが、普段思っていることの一端をお話させていただいた。なにがしかのご参考になれば幸いである。
【質疑応答】
●議員 わが国の国柄を考えた場合、どうしても避けて通れないのが皇室についての教育だと思われるが、自分自身は公教育の場で皇室について学んだ記憶がほとんどない。今後の中長期的な戦略として、例えば副読本を使うなど、公教育の場で天皇や皇室についていかに教えるかが問われてくるのではないか。
○大原 学校教育については、もちろん副読本も必要であるが、同時にこの問題については家庭教育が大事である。今、扶桑社からクォータリーで『皇室』というグラビア誌が出ているが、私はこの編集に関わっている。そこには皇室に関する「Q&A」もあるし、また宮内庁が最大限協力しており、他の女性週刊誌のグラビアなどよりも遙かに良い写真を貰って掲載している。さらに天皇陛下や皇后陛下や皇族方の記者会見や御発言を全文載せているし、天皇陛下が例えば自衛官に拝謁されたというような、細かい御動静も全て載っている。すでに週刊誌や新聞社やテレビ局の皇室担当記者は、これを見ないとモグリだと言われるようになっている。これなどを活用すれば、国会議員の方々みならず、一般の国民にも十分参考になるのではないか。
●議員 相続税の話に関してだが、皇族は財産が増えていくという目途は余りなく、今のままでは継承する度に先細っていくということになるのではないか。
○大原 確かにそういうことになる。以前、相続税反対の立場から、国会で確か民社党の議員がそういう趣旨の質問を行った。すると宮内庁の役人は、「そうなります」と平然と答えた。仕方ありませんと。法律で内廷費はかっちり決まっており、しかもそれは経常費だけで臨時費は含まれない。その上、献上も出来ない。次の御代替わりがあった時に、前回と同じ様に相続税まで取られてしまえば、さらに先細りになるのは確かである。
●議員 皇室経済をめぐる非常にアンバランスな現状がよく分かった。もう少し整合性をとる必要があるのではないか。
○大原 その通りだ。例えば競輪の賞に寛仁親王杯というのがあって、それでお礼が来ていたのが駄目だということになった、ということが報じられたことがある。こんなことをしておきながら、その一方で税金だけは取り上げている。だから皇族費の金額などの量的な面ばかりではなく、御公務との関連でも抜本的に見直すことが必要となっている。
ちなみに、皇族方や天皇皇后両陛下のような内廷にいらっしゃる方も含めて、そこで使われる財産は一種の「権力なき財団」のようなものであるとみなし得る。要するに皇族が品位を保つための財団みたいなものである。そういう形にすれば、当主がお亡くなりになっても財産は残る。そういう形の法的構成をすれば、宮家の場合は若干違ってくるが、天皇陛下の場合は理屈としては通る。戦前における皇室財産の運用の仕方は、実はそういう法理で行われていた。
私は以前その法理を援用しながら、大蔵省や法制局の官僚に、「戦後も可能ではないか」と述べたことがあるが、彼らも「理屈としては成立する」と返答した。だから、専門家を入れながらもっと法理論的に詰めていけば、皇族の方々について、財産税の見直しは可能だと思っている。
(文責・正しい日本を創る会事務局)