◆一九二〇年代のケインズは金融緩和によるデフレ脱却を説いた

 本日は、最初にマクロ経済学と金融政策の関係を説明した上で、日本政府は増税する必要がないことを説明する。次に日米同盟の本質について説明し、最後に国際構造が今日、一極構造から多極構造へと向かいつつあることを説明したい。
 さて、経済学を作ったアダム・スミスは一七七六年に国富論を書き、その後リカードが自由貿易論、J・S・ミルが経済学原理を書き、そしてケンブリッジ大学のマーシャルが一八九〇年代にやはり経済学のテキストを書いた。その時代までは、価格メカニズムがあれば総需要と総供給は自動的に均衡すると考えられていた。つまりアダム・スミスからマーシャルまでの約一二〇年間、長期的なデフレが続くことは誰も考えていなかった。
 ところが一九二〇年代になり、イギリスで「失われた十年」とも言うべき事態が起きた。つまり、インフレ率が十年間マイナスで経済成長率もゼロ。失業率が十%、不良債権がいつまでも消えない九〇年代の日本のような状態に陥った。そこで、これはおかしいと言い出したのがケインズである。ケインズは、デフレと失業が消えない状態を見て、総需要と総供給が自動的にバランスするという従来の議論は間違いではないか、総需要が総供給よりも低く留まり続けるデフレの状態が続いているではないか、と言い出したのである。
 これは正しい認識である。というのも、産業構造が高度化して、政府の規制や労働組合などが強くなってくると、簡単に価格メカニズムが総需要と総供給のバランスを取る役割を果たさなくなるからである。そこで二〇年代にケインズは、金融政策の論文や「金融制度改革論」という本を出した。私は九〇年代に日銀が失敗している時にこの本を読み返し、日銀の連中はこの本を読むべきだと感じた。
 そこでケインズが主張しているのは、ポンドを安くして、通貨をジャブジャブ増刷せよと言うことだ。つまり、金融を緩めて総需要を高め、デフレから脱出すべきであるとして、ケインズは十年間に渡ってイギリスの中央銀行を徹底的に叩いたわけである。しかし当時のイギリスの中央銀行は日銀そっくりで、絶対に間違いを認めなかった。それで更に十年間「失われた十年」が続いて、ウォール街で二九年に株が暴落して、今度はアメリカが「失われた十年」みたいになった。
 その後、ケインズは金融政策について書くのを諦め、今度は予算を増やして、公共投資をばらまけば経済は良くなると言い出した。結局、三〇年代は欧米諸国で社会主義が非常に強くなった時代で、ケインズはそれに少し乗ったところがあるようだ。それで、政府支出を増やして公共事業をばらまけば、総需要は増えると主張したのである。

◆二%程度のインフレ率を適切とみなす主流派経済学の考え方

 非常に残念なことに、二〇年代のケインズは忘れ去られてしまい、五〇年代以降マクロ経済学会の主流派となったのは三〇年代のケインズの考え方だった。その結果、西洋諸国と日本は、景気が悪くなる度に予算と借金をどんどん増やしていった。
 支出を増やせば景気が良くなるというのは短期的には正しいが、長期的に繰り返すとインフレになってしまう。それを指摘したのが六〇年代のミルトン・フリードマンだった。いわゆるマネタリズムである。この基本的な考え方は、マネーサプライは適正なレベルに保つべきであるというものだ。マネーサプライが少なすぎるとデフレになるし、多すぎるとインフレになる。だから、例えばM2やM3が大体四、五%レベルがいい。八、九%以上になるとインフレになるし、逆に二、三%レベルではデフレになる可能性が非常に強いと。このマネタリズムの立場から彼らは三〇年代のケインズ経済学を批判した。
 七〇年代には、合理的期待派が登場した。八〇年代から二十一世紀までの経済学は一貫しており、学説的な変化はない。アメリカでは民主党系の人はニュー・ケインジアン経済学と言い、共和党系の人はニュー・ネオ・クラシカル・シンセス、つまり新しい新古典派総合と呼んでいる。結局、同じことを言っている。これは二〇年代のケインズ経済学と、六〇年代のマネタリズムと、七〇年代の合理的期待派の三つを組み合わせた考え方である。この新しいケインズ経済学、もしくは新しい古典派総合の最も大きな特徴は、景気調整は中央銀行に任せるべきだという考え方である。つまり、不況になった時に一番責任を持つべきなのは財務省や政府ではなく中央銀行であるということである。結局、二〇年代のケインズに戻ったわけである。
 今の米連邦準備制度のバーナンキ議長なども同じ考え方である。彼らはインフレーション・ターゲットを非常に重んじ、インフレはゼロではダメで、二%程度が一番いいと言う。ヨーロッパの中央銀行もほぼ同じ考えである。人によって違うが、インフレは二、三%あった方がいいというのがメイン・ストリームの考え方になってきた。デフレのリスクを防止するためには、インフレ率は最低限一%あった方がいいという論文をアメリカの中央銀行は発表している。

◆主流派経済学から言って日本は増税の必要がない

 では、このことがなぜ日本の増税問題に関係するかを説明したい。私は日本もアメリカやヨーロッパに習って二%のインフレ率にすべきだと考える。今の日本の潜在成長率は二・二%から二・五%あると言われているから、望ましい名目GDP成長率は四%から四・五%となる。そのレベルを保つのが日銀の責任である。中央銀行は総需要と総供給のバランスを崩さず、適正なプライス・レベル、つまり二%の適正レベルを維持する義務があるから、独立した運営を任されているのであって、好き勝手にデフレを続けたり、インフレ率をゼロにし続ける特権を与えられているわけではない。
 ところが、日銀の言っていることは非常におかしい。自分たちは何をやってもいい、デフレも自分たちの責任ではないと言わんばかりに開き直っている。バーナンキさんが議長になる前に話す機会があったが、日銀の連中が言っていることは全然わからない、と彼は言っていた。連邦準備制度の日本担当官も日銀の人間とは話が通じないと言っている。
 とにかく、一%もインフレ率がない時に金融を締めるのはおかしい。一・五%過ぎてから締めるべきである。皆さんがリーダーシップを取って、欧米同様、日本も二%のインフレ・ターゲットを目指すべきである。その上で日銀に独立して運営させれば、名目GDPの上昇率は四%もしくは四・五%が達成される。そうすれば、毎年の税収は十数%ずつ増えて行く。これが五年間続けば、今の財政問題は吹っ飛んでしまう。増税が不必要となるばかりか、恐らく支出削減もあまり必要ではなくなってくるだろう。
 結局、過去十数年の日本経済の最大の欠陥は日銀である。欧米のマクロ経済学の主流派の考えから言って、全くおかしなことをやってきたからだ。政治家が増税に反対すれば、単に政治的な理由で反対していると見られがちだが、マクロ経済学の主流派の考えから見て日本は増税する必要はない。単なる政治的な思惑ではなく、主流派の経済学から言って増税の必要はないということを主張していただきたい。

◆百十年間一貫して変わらないアメリカの対日戦略

 次に、日米同盟の本質について説明したい。アメリカの現在の国際政治戦略ができたのは実は一八九〇年代にまで遡る。アメリカの凄さは、一八九〇年代から現在まで一貫した戦略的原理を持っていることである。つまり、当時のセオドア・ルーズベルト海軍省次官とマハン提督がアメリカは世界の覇権を握ると決めて、そのためには為すべきことが二つあるとした。一つは世界一の海軍の建設であり、もう一つはヨーロッパとアジアにアメリカに挑戦できるような国が進出することを許さぬことである。日露戦争後にアメリカがオレンジプランという対日攻撃プランを作ったのも、第一次世界大戦後にワシントン会議を開催し、英米五に対して日本が三の比率の海軍軍縮条約を押しつけてきたのも、中国に関して領土保全などの原則を掲げて日本が中国に進出できないようにしてきたのも、このマハンとルーズベルトの考え方があったからである。
 一九三〇年代後半から四〇年代にかけて、エール大学のスパイクマンという有名な国際政治学者が、アメリカが世界をコントロールするためにはユーラシア大陸をコントロールしなければならず、ユーラシアをコントロールするためにはユーラシアの周辺部(リムランド)をコントロールすればいいと述べた。とりわけ重要なリムランドは西ヨーロッパ・中東・日本であり、この三つの地域をコントロールすればアメリカは世界一の覇権国になれるという理論を彼は立てた。これは本質的にマハンと同じ考え方である。
 四七年にジョージ・ケナンが書いた「封じ込め論」の背景にはスパイクマンの考え方がある。また現在、アメリカは自分たちの国家戦略を「選択的関与」と呼んでいるが、これは要するに、西ヨーロッパと中東と日本はアメリカの支配下に置いておくという話である。結局、三〇年代のスパイクマンの考え方と二十一世紀の考え方は全く同じだと言える。
 メルビン・レフラー教授は九〇年代に『圧倒的な勢力』という本を書き、独立した日本がもう一度出現することを許さないことが戦後のアメリカの一貫した政策だと論じた。また海軍大学院大学教官のクリス・レインという学者はダブル・コンテインメント、つまり日本を二重に封じ込めておくべきだと述べた。憲法九条と日米同盟で日本を独立できないようにしておく一方で、自衛隊にある程度米軍に役立つ戦力を持たせ、ソ連封じ込めのために利用するということである。つまりソ連を封じ込めるために、アメリカが封じ込めた日本を利用するという話である。
 今のブッシュ政権にとって、ダブル・コンテインメントの対象はソ連から中国に変わり、日本を押さえつけておいた上で、自衛隊にある程度の軍事力を持たせて中国を押さえ込もうとしている。岡崎久彦さんは、アーミテージが日本はイコール・パートナーシップになり、日英同盟のような形で中国を一緒に封じ込めようと述べたと言われているが、ワシントンに二十一年間住んでいる私の解釈は必ずしもそうではない。アーミテージに、日本にイギリスのような独立した核を持たせる意思があるかと言えば、それはないだろう。
 ダートマス大学のマイク・マスタンドゥーノという親日的な国際政治学者が九〇年代末に書いた論文の中で、アメリカ政府は日本が普通の国家にならないように、日本の外務省などを説得していると書いた。日本が普通の国になることをアメリカ政府は嫌がっているとしか言いようがない。これはダブル・コンテインメントの考えと全く同じである。
 三年前、クリントン時代に次官補をやっていたカート・キャンベルが、一見対日同盟を支持するような論文を書いたが、問題はその中身である。日米同盟を維持しないとネガティブな結果が出てくるから維持するのだと彼は言い、ネガティブな結果として次の三つを挙げている。一つは日本が軍事費を増やすこと。二つ目は日本が他国と軍事同盟に入るかも知れないこと。三つ目は日本が核を持つかも知れないことである。この三つを日本にさせたくないから日米同盟を続けるべきだと言うのである。要は日本の封じ込めである。
 結局、マハンとルーズベルトが一八九〇年代にヨーロッパとアジアでアメリカに対抗する国が出現するのを許さないと決めたときから現在まで百十年間、彼らの戦略は一貫しているということである。

◆「普通の国になることなんか絶対に許さない」

 私の個人的な経験も紹介したい。九〇年代に沖縄の海兵隊総司令官だったスタックポールが米軍を「瓶の蓋」に喩え、米軍は日本に再武装させないためにここにいると述べた。その翌年、私が連邦議会の外交委員会の委員長の部屋を訪ねた時、そのスタッフが「最近うちのボスがスコウクロフトから、九一年以降のアメリカの対日政策は日本を仮想敵国と見て封じ込めることだと言われた」というような趣旨を私に打ち明けた。その委員長は親日的な人物で、当時日本がジャパン・バッシングでうろたえているのを見て、なぜそんな日本を仮想敵国として封じ込める必要があるのか不思議がっていたらしい。
 九四年、私は当時ペンタゴンで日本部長をやっていたポール・ジアラ海軍中佐の部屋に遊びに行って彼と議論した。当時小沢一郎さんが日本は「普通の国」になるべきだと論じていたが、「小沢はとんでもないやつだ。俺たちはお前達が普通の国になることなんか絶対に許さない」とジアラは言った。当時、北朝鮮の核問題が話題になっていたが、ジアラは、ロシア人と中国人と朝鮮人がどれほど核を持っても、日本にだけは核を持たせない。これは絶対譲れない政策だ、とも言った。さらに、これは民主党政権だけでなく共和党も一致している、と彼は私に向かってはっきり言った。これは今でも一貫している、
 最後に一つ付け加えたい。一九七二年二月、ニクソンとキッシンジャーが北京に行って周恩来と議論した時、三つの日本に関する密約を結んだ。ニクソンがその場で取った手書きのメモがニクソン・ライブラリーに残っている。その一つは日本には絶対核を持たせない。二つ目は米軍は独立した外交と国防を日本にやらせたくないから日本に駐留を続ける。三つ目が日本政府には台湾問題と朝鮮半島問題で発言権を持たせない。
 私は国務省とCIAにアジア政策担当官の友達がいるが、彼らと話をしていると、二十一世紀のブッシュ政権になった今でも、この米中間の三つの合意は有効だと述べている。つまり、日本が北朝鮮でいろいろ動いても、アメリカと中国が何か決めれば、それで日本がやっていることは無効になってしまいかねない背景があるということである。そのことに注意を払わないと、日本は馬鹿を見るだけということにもなりかねない。

◆二〇一五年には一極構造が壊れて多極構造になる

 最後に国際政治の構造変化について説明する。国際構造は一九四七年から九一年までは東西が対立する二極体制だった。二極体制は過去二五〇〇年の国際政治史でたった一回しか起きなかった。つまり、二五〇〇年の中でわずか四十二年間だけ続いた非常に稀な体制である。この体制の特徴は安定にある。例外的なまでに安定している体制だと言える。
 しかし二極体制は壊れ、九一年から一極体制、つまりアメリカだけがスーパーパワーになった。重要なのは、一極体制と言われる九〇年代において、一極構造は続かず最終的に多極構造になると論じる識者が少なくなかったことである。冷戦外交の基礎を作ったジョージ・ケナン、キッシンジャー 、現代の国際政治学者で最優秀と言われるケネス・ウォルツ、『文明の衝突』を書いたハンティントン、海軍大学のレイン、シカゴ大学のミアシャイマー、ハーバードケネディスクール学長のスティーブン・ワルトなどである。
 では、多極構造になるとどうなるかというと、日本にとって実はすごく深刻な事態になる。一国が世界覇権を握っているときは、他国はスーパーパワーに協力していれば安全と平和は守れる。これを国際政治学者はヘゲモニック・スタビリティー・セオリーなどと言う。ところが一極構造が壊れて多極構造になると、伝統的なバランス・オブ・パワー・セオリーに移る。五つか六つの大国が、それぞれ同盟関係を変えながらバランス・オブ・パワー・ゲームをやる体制である。
 歴史的には、ヘゲモニック・スタビリティー・セオリーが有効だった期間は非常に短い。一六五〇年代から八〇年代までのフランスのルイ十四世が一番強かった約三〇年間と、一八四〇年代から七〇年代のイギリスが世界一の覇権国だった約三十五年間の二つの時期だけである。過去五百年間の歴史では、むしろバランス・オブ・パワー・セオリーが有効だった期間の方が長い。つまり国際政治にとってノーマルな状態は、むしろ五つか六つの大国がバランス・オブ・パワー・ゲームをやりつつ均衡を保っていく構造なのである。
 だから、先程挙げた国際政治の一流の学者達は、一極体制が続くのはせいぜい二〇一〇年までで、二〇一五年には五つか六つの極がまた出てきて、バランス・オブ・パワー・ゲームをやると述べたのである。これはある意味でノーマルな状態に戻ることを意味する。
 事実、最近のアメリカはイラク占領に失敗し、またイランの核開発や北朝鮮に対してもきちんとした手を打てない。これは結局、世界が多極化しているからというしかない。

◆世界が多極構造に転換せざるを得ないこれだけの理由

 アメリカの専門家たちは世界が多極化せざるを得ない理由をいくつか挙げている。

 一つ目はチャイナ・ファクターである。中国は二〇一〇年には世界最大の貿易国になり、二〇二〇年代には東アジアにおける米中の軍事バランスが中国有利にシフトすることが予測されている。当然、アメリカが一極で勝手なことができなくなる。
二つ目の理由は、核兵器に関する「非対称的抑止」議論に基づく。要するに四万発の核弾頭の保有国でも、五十発の核弾頭の保有国と戦争はできないという議論である。相手を壊滅させても、相手の潜水艦に置かれたミサイルから十発の核を打ち込まれれば割に合わないからである。つまり、北朝鮮はアメリカとある意味で対等の発言力を持った交渉ができることを意味しており、こういう国が増えれば多極化に向かって行かざるを得ない。
 三番目に、いつまでドルが基軸通貨であり続けられるかという問題がある。貿易赤字と経常赤字を垂れ流し続けてきたアメリカは、ドルが国際基軸通貨であるという特権を利用して、GDPの七、八%を毎年他国から借り入れている。しかし、例えば二〇一六年に中国の実質経済規模が世界一になった場合、ドルは基軸通貨であり続けられるだろうか。そして、ドルが国際基軸通貨の地位を失った途端、恐らくアメリカは軍事費を今まで同様に使い続けるわけには行かなくなり、国際政治の多極化につながることになる。
 四つ目は、一九九〇年代初めにアメリカは、米軍は二つの地域で戦争を同時遂行する能力を維持すると言ったが、実はクリントン政権の後半からこの能力を失った。実際、アメリカはイラクを占領するだけで海兵隊と陸軍が足りないと言っている。だから北朝鮮と中国はアメリカを舐めたような行動を取るわけである。
 五つ目は、ハンティントンが二年前、『我々とは誰か』という本を書き、二一世紀のアメリカはラテンアメリカのような国になってしまうだろうと述べたことに関わる。つまりアメリカの白人は既に少数民族になっており、ハンティントンは、アメリカは近い将来、社会問題や教育問題が深刻化すると同時に、労働生産性の上昇率も下がるからヨーロッパとアジアにおける支配を諦め、西半球に戻るべきだと論じた。つまりモンロー主義である。
 最後にイスラエル・ロビーの問題に触れたい。イラク戦争を起こしたのはネオコンだと言われるが、彼らはほとんどがユダヤ人である。九六年の時点で彼らは既にイスラエル政府とアメリカ軍を使ってイラクを占領させることを当時のネタニヤフ首相と話し合っていた。イスラエルにとってはシリアとイランが非常に目障りだが、両国の中間にあるイラクを米軍に占領させれば、イランとシリアに睨みを利かせることが出来るというわけだ。
 これについて今年二月、前出のワルト教授がミアシャイマー教授と共同で「イスラエル・ロビーとアメリカ外交」という論文を書いて、アメリカの外交をイスラエル政府とイスラエル・ロビーが乗っ取ってしまった。ただでさえ世界は一極から多極に移らざるを得ないのに、こんなことをして失敗したらますますその流れが速くなり、アメリカの覇権利益にとってマイナスだと論じた。イスラエル・ロビーを批判することはタブーになっているから、二人ともものすごい圧力を受けている。
 ともあれ、先に名前を挙げた国際政治学者たちは、二〇一〇年もしくは二〇一五年以降は多極化していくから、アメリカは選択的関与戦略をギブアップすべきだと言っている。アメリカが二〇一〇年以降に取るべき戦略として彼らが述べているのはオフ・ショアー・バランサー・ストラテジーである。要するに、必要な時に米海軍は介入するが、ヨーロッパや日本や朝鮮半島に、陸軍や海兵隊を駐留させておくことはしないという戦略である。
 では、日本はどうすべきか。要するに五つか六つの大国がパワー・ゲームをする伝統的な国際政治に戻るから、日本は自主防衛能力を持たざるを得ないということになる。

《質疑応答》

●質問 世界が多極化して、中国が非常に突出した力を経済的・軍事的に持つという見通しであったが、その一方で相当な内部矛盾を中国は抱えている。そういう要因によって内部崩壊的な分断が起こるというような予測を持っているアメリカの識者はいないのか。

伊藤 日本の雑誌には十年ほど前から、中国は腐敗もひどいし、公害もひどいし、統計もインチキだから、そのうちダメになるだろうという評論が多いが、アメリカでは中国経済は順調に成長し続けるだろうという予測を出すエコノミストの方が多い。私自身は中国経済に関して何の専門知識もないので、どちらが正しいかわからない。ただアメリカで中国問題を専門としている人達は、中国経済の将来に対して日本人よりは楽観的な見方をする人が多いような気がする。

●質問 中国とアメリカとの関係において、政治戦略として中国はアメリカに対してどんなアプローチをしているのか。

伊藤 自分の本を宣伝するわけではないが、『中国の「核」が世界を制す』の中で、中国のスパイがどれほど賄賂をばらまいているかをかなり克明に書いた。アメリカの民主党のトップだったクリントン夫妻やゴア副大統領は完全に中国に取り込まれてしまっている。世論調査によると、二年後の大統領選挙では民主党が有利で、しかも民主党内ではヒラリーの人気が一番で、二番がジョン・ケリー、三番目はゴアであるが、三人とも中国からものすごくお金を取っている。特にヒラリーはすごい。クリントン政権と中国人民解放軍のスパイ組織は密着しているから、日本にとってこれは非常に不利な事になる。
 共和党に関して言うと、極少数ながら中国のスパイ組織から賄賂を取っている人がいるが、それ程スパイ組織が浸透しているわけではない。とはいえ、ビッグビジネスが中国のビジネス・チャンスを失いたくないと言うため、共和党は股裂け状態にある。要するに国防政策を重視する人達は、中国を封じ込めないと大変なことになると言っているが、共和党はビッグビジネスにも頼っていて、ビッグビジネスは米中関係を悪くするようなことをしてくれるなと言う。本当に矛盾している。だから、最近はヘッジ・ストラテジーなどと言っている。ヘッジというのはどちらに転んでもいいという意味だ。どちらも満足するようにヘッジと言っている。つまり、共和党もきちんとした対中政策を持っているわけではない。ただ民主党と比べれば、日本としては頼りになることは事実である。

●質問 日本の場合、政治家は外国からの資金に対しては大変厳しいが、アメリカではそうでもないということか。

伊藤 アメリカは移民国家だから、中国から移民してきた人々がいくらでも会社を作れる。中国人民解放軍のスパイ組織は、判明しているだけでも少なくとも三千以上の偽会社を作っている。その偽会社に香港やマカオやシンガポールからどんどんお金を送り込んで、偽会社の連中がお金を渡している。少なくともその偽会社は表面的には合法な会社だから、政治家はバレた時は、偽会社だとは知らなかったと言えばそれでOKなのだ。

●質問 日本の今の技術水準から言って、その気になれば原子爆弾の製造はそう難しいことではない。多極化時代の日本の長期戦略を考えた場合、実際にやるかやらないかは別として、選択肢として核武装も含むシミュレーションをしておくことは必要ではないか。

伊藤 核に関して二つのエピソードを付け加えたい。ハーバードのスティーブ・ミラー教授は、「一国が自国の核抑止力をもつと、同盟国に頼らずに自国を守ることが出来る」と述べている。またケニス・フォールズ教授は、「核報復能力を持つ国は同盟国からの助けを必要としない」と述べている。ドゴール将軍が言ったように、核兵器を持つと同盟関係が希薄もしくは不必要になるということである。アメリカが日本の核保有を嫌がるのはこのためだ。日本が核を持てばアメリカに頼らなくなり、そうなると日本がアメリカの言うことを聞かなくなる。結局アメリカが日本に対して核を持つなと言ってくるのは、日本が同盟国から保護してもらう必要がなくなるから、というのが核心だという気がする。(文責・正しい日本を創る会事務局)