医療産業を国家プロジェクトに



 平沼会長 今日お越しいただいた清水先生は眼科ではわが国の第一人者で、ご自身で手術した例も三万件を超える大変な教授でいらっしゃるが、先日この会の第1回勉強会で講師としてお越し下さった櫻井よしこ先生が清水先生を私の事務所に伴ってこられた。
 清水先生は、日本というのはポテンシャルがあってそして技術革新で素晴らしいものがある。技術革新に基づいた産業機器や環境機器もそうだけれども、医療機器はこれから日本が国家として伸ばしていかなければいけないのではないか。こういう問題意識をお持ちになっている。私もお話を伺ってその通りだと思った。
 そこで先週、日本経団連の会長をされているキヤノンの御手洗冨士夫会長を訪ねて、同様の話をしたところ、御手洗会長も賛意を示されて、やはり環境機器と合わせて医療機器も力を入れなきゃいけない。経団連としても努力をする。しかし、政治家がやっていただくことも非常に重要だというお話があった。そこで今日は、「正しい日本を創る会」の皆さんにも同じ問題意識を持っていただきたいと思い、清水先生をお招きした。

◆眼科医として手術三万例を手掛ける

 清水 まず簡単に自分のプロフィールを紹介したい。私は現在五十六歳だが、眼科医として三十二年、三万例以上の手術をやってきた。主に白内障の手術であるが、平均すると年間千例のペースで、一週間のうち半数以上は手術場にいるという人間である。
 そもそも、白内障の手術で眼の中にレンズを入れることについては、厚生省は体内に異物を入れるということで非常に反対をしていた。われわれも学会で一生懸命やったけれども認められていなかった。ところが、一九八六年に作家の吉行淳之介氏が私の手術を受け、その体験記を文藝春秋に書き、講談社のエッセイ賞を受賞された。これが後に『人工水晶体』(講談社)という本になって非常に大きな反響を巻き起こし、これを契機に人工水晶体の使用が厚生省に認められたという経緯がある。「ペンは剣よりも強し」とはこういうことかということを痛感したが、その後同書を読んだ山下厚生大臣が私の手術を受け、「これは保険にすべきだ」と仰った。そして、あっという間にそれが実現し、一九九二年四月に白内障手術が保険適用となった。それ以降、年間一万枚ぐらいしか出てなかったものが、今や年間百万枚の手術が行われるようになるに至っている。
 また、このようなものが普及していくためには技術や教育が必要であるが、一九八九年に伊藤忠商事・池上通信・NTT等のトップが非常に協力的で、清水の手術を衛生中継しようということで、世界で初めて立体画像で衛星中継を行い、手術の普及を図った。ちなみに、アメリカやヨーロッパでは優れた医療技術等を褒賞するという文化があり、米国白内障眼内レンズ学会や欧州学会では、手術テクニック部門で一位を獲得することができた。
 しかし、それまで使っていた器具はほとんど米国製品であったので、今後日本製品で何とか頑張れないものかと思い、キヤノンやHOYAといった企業と協力し、日本でしか作れないレンズを開発した。二〇〇二年には世界で一番進んだレンズ("Disposable Preloaded Injector")を作り、これが欧州白内障屈折手術医学会で賞("Innovation category 2nd prize")を受けた。
 一方、近視・乱視の矯正治療にはレーザー治療(エキシマレーザーによる治療)があるが、二〇〇四年からはさらに安全で確実に直せる方法として、目の中に入れるコンタクトレンズ(眼内コンタクトレンズ)による治療の研究が日本で始まった。これについても日本白内障手術学会の主催により、二〇〇六年六月、青山の山王病院で、私が実際に手術を行い、手術生中継を通して多くの眼科医にその素晴らしさを紹介した(東京国際フォーラムに眼科医二千七百人を結集)。
 そうした影響もあってか、われわれの技術は次第に他国や他社によって模倣され、市場にも出てくるようになった。そこで、更なる進歩のため新製品を開発し、今年九月に欧州白内障屈折手術医学会で、世界へ向けて発表する予定である。
 余談だが、ものを見るということは単に目で見たり、カメラで見たりというだけではない。人間は目をつぶっていても、いろいろ見ることができる。夢を見たり、錯覚したり。その意味で、ものを見るというのは脳や心の問題とも繋がっているというふうに考えており、これまでに養老孟先生と一緒に「眼で見て脳で描く」という講演会を開いたり、瀬戸内寂聴さんと一緒に「目が見えてもビジョンの無い人」という講演をしたことがある。

◆技術立国・日本、二十一世紀の課題

 さて、私は政治のことは全く存じ上げないが、私の父は陸軍士官学校出身で自分の系譜を辿ってゆくとずっとそういう家系らしい。御縁があって今回、平沼先生の『政治武士道』という本を読ませていただいたところ、世界は違っても信念とか義理とか謙虚さというのはどの世界でも一緒だ、政治もそうだなと感じた。
 そういうことを思いながら考えを整理してみると、日本という国は人口が多く、資源もない国である。そういう日本が今の豊かな生活を維持していくためには何らかの強みを持たなくてはいけない。昔ならばそれは軍事力であったのかもしれないが、今の日本では軍事力というのはタブー視されている。であるならば、日本は何を以て世界の中で生き残っていくのか。やはり技術なくして日本はあり得ない。実際これまでも原材料やエネルギーを輸入し、付加価値の高い製品を生み出す「ものづくり」の技術によって国富を築いてきた。かつては繊維、現在は自動車やデジタル電化製品など「生活必需品産業」が主となってきた。
 しかし、二十一世紀もそれだけで生き残って行けるのかというと、簡単には答えられない問題が出てきている。重厚長大な産業では、中国やインドなどがどんどん発展してきている。また、このような産業が発展しすぎると公害はじめ色々な問題が出てくる。
 一方、二十一世紀の「新しい産業」として、例えば産業再生機構はナノテクノロジー、ITなどを掲げているが、これに加え日本は新たに「環境」と「医療」に取り組むべきであると考える。いずれも人間の生活には不可欠な産業であり、諸外国から異議を唱えられることなく、日本の国富に寄与する分野と考えられる。この二本を日本の一番の強みにするならば、極端に言えばたとえ石油がなくても軍事力がなくても、世界から有望視される国になるのではないだろうか。

◆医療産業は国益――諸外国の事例

 医者である自分の立場からは特に医療に関して問題提起をしたい。衣食住に勝るものは健康であり、国民のライフサイクルすべてにおいて基盤となる。また、日本の技術をもってすれば、医療は今後、環境テクノロジーとともに日本の産業の柱になり得る。
 ただし、日本では医療といえば、ほとんどが社会福祉問題で、要するに医療は財政を赤字にする大本であるというふうに捉えられている。しかも、医療産業はかなりの輸入超過の状態である。まず医薬品でいえば、日本のマーケットは六〜七兆円の規模を持っていて、世界的に見ても米国に次いで第二位の規模である。ところが、輸出が三千六百八十八億円に対して、輸入は八千八百十億円と、輸入は輸出の倍以上になっている。また医療用具のマーケットは一兆五千億円の規模になるが、輸出が四千二百二億円に対して、輸入は八千八百三十六億円とこれも輸入が輸出の倍以上である。このように医療産業が輸入過多という国は先進国の中でほとんどない。いったいぜんたい技術立国の日本がなぜこういう付加価値が高いものを輸入しなければならないのか。これは正直言ってよく分からない現象である。
 では、ほかの国では、医療は国家・社会の中でどのように位置付けられているのか。例えばヨーロッパの先進国で小さな国を見ると、日本とよく似たスイスやスウェーデンでは医療産業は非常に大きな役割を果たしている。つまり、医療産業は国益になっている。先進国では医療は輸出業として黒字になり得る分野になっており、その国の国益にしているという現実がある。
 一方、先進国ではないが、最近私が特に注目しているのがシンガポールとインドである。
 シンガポールは医療を外貨の獲得手段として国家プロジェクトに位置づけていて、二〇一二年までに外国人の患者を百万人、GDPの一%の収入になるということを目標にしている。私もシンガポールに何回か行き、実際に見てみたが非常に立派な病院がある。インド、中国、インドネシアなど周辺諸国からの患者には通訳をつけて、最高の医療サービスを行っている。要するに、シンガポールでは医療を一つの産業として位置付け、観光局・経済開発庁・国際企業庁という三つの庁が共同でこの様な医療政策を採っている。
 インドにおいては、IT産業、自動車産業、携帯電話産業に次ぐ第四のビジネスとして医療ビジネスが挙げられている。薬の量だけで言うと世界第二位。売上高では十五番目だが生産量では四番目になっている。インドは医療に対して非常に力を入れている。
 このように、先進国であれ発展途上国であれ、医療は国民の健康維持のみならず、その国の国益に資する重要な産業として位置付けられている。その意味で、日本も医療を国益となり得る産業として捉える必要があると思う。
 だが、現実には医療産業という分野は生活の基盤であるにもかかわらず主幹産業になっておらず、特に医療機器に関しては、開発者もいなければその受け皿もない。医療産業を日本の国益としてゆくためには、やはり政治的なイニシアチブがなければ難しいのではないかと思う。平沼先生からは医療産業を育成するには、国家プロジェクトとして官・産・学の連合が必要ではないかというご指摘をいただいた。櫻井よしこ先生からは環境テクノロジーと医療テクノロジー、この二本を外して世界は日本を無視できない。この二本を日本の大きな柱にするべきではないかというご指摘があったが、今後日本が正しく良い産業を育成していく上で、医療産業を視野に入れて考えていただきたい。


【質疑応答】
 平沼会長 脳神経外科の先生が私の主治医だが、脳神経外科というのは極端に言うと椅子に座って顕微鏡見ながら手術をするというようなジャンルだ。しかし、先日自分が手術するときに周りを全部見渡したが、日本の機械が一つもない。これが現状である。そのことを御手洗さんに話をしたら日本は大学でも素晴らしい医療機器を作るようなカリキュラムがない。だからキヤノンは優秀な人材のいる米国の研究機関を買うというモチベーションになっているという。これは本当に勿体ないことで、人材育成から始まって、素晴らしい医療機器を日本人が作る、こういう状況を作っていくということが政治家に課せられた使命ではないか。

 議員 私の選挙区にオリンパスの本社がある。先日、胃カメラを久しぶりに飲んだが、最近ではカプセルを飲んでそれが写真を撮ってお尻から出て来るようになっていて、日本の技術のすごさということを改めて感じている。そのように技術力はあるし、大学の研究などでも基礎的な研究は十分しているけれども、それを実用化する橋渡しのスキームが日本にはない。そのスキームはわれわれ政治家が作って行かなければならないのではないか。
 一昨年から女性の乳ガンの撲滅のために、全国にマンモグラフィーを四百八十台導入した。しかし、われわれ議員側はデジタル機にしようと言ったけれども、厚生労働省はちょっと時代遅れで、最初の百台くらいはアナログ機になってしまった。デジタルならば、例えばがんセンターに読影士を集めて全国から配信される映像を画面で見れば、「これは大丈夫」とか「これは再検査した方がいい」ということがある程度分かる。ところが、アナログの場合は機械は入れたけれども読影士がいないのでそのフィルムを読み取ってくれる先生がいないという事態になった。そのように、せっかく技術を持っていてもうまく使えてないということが往々にしてある。
 一方、配備したうち四百八十台のうち国産のマンモグラフィーは五十台足らず。それも実際は外国製品なのにネームだけ島津製作所に変えたというもの。ほとんどはシーメンスとGEのものである。ところがシーメンスはドイツ製、GEは米国製で、日本人とは女性の体型が全く違う。なにしろバスト百五十センチの女性まではさめるようになっていて、日本の女性を検査するためには目盛りを一番低くしても、それでやっとはさめるという状態だという。これがもし日本で作ることができれば、日本人女性の体型にあった機械で対応できる。きっかけさえあればどんどん前に進むことがたくさんあると思うので、是非われわれも取り組むべきではないか。

 議員 日本は臨床試験を嫌がる。厚労省もやらせない。例えば、ヒトES細胞にしたって、日本の技術は最高で一歩前に出ればパーキンソン病の治療に使えると言われている。患者の中にはこのまま死ぬぐらいなら実験台になってもいいという人が世の中に一杯いるにもかかわらず、それをやらせないで外国の臨床結果を見て最終的に国内に持ってくる。ところが、結局は日本人と体質や体型が違うから予期しなかった副作用も出て、大騒ぎになってマスコミも一斉にそれを叩くというパターンを繰り返している。実に馬鹿馬鹿しい。「リスクはあるけれども、新しい医療技術や製薬を作るためには仕方がないところがある」と納得づくで自分の身体を提供してくれた人達の上に今の自分達の福祉があるという考え方に転換する必要があるのではないか。医者がしょっちゅう裁判で訴えられる世の中ではどうしようもないと思う。

 清水 今ご指摘いただいたように橋渡しの問題というのはある。国内における医療の複雑な経緯、医師法はじめ様々な難しい問題を残している。それと同時に、厚労省だけの範囲を超えて、経済産業省の方で産業育成という捉え方もしていただけると展望が拓けるのではないかと感じている。

 議員 今ご指摘があったように、これは医療政策ではなく、むしろ産業政策の視点が必要だと思う。分野は違うが、平沼先生が経済産業大臣のとき、日本で国産の航空機を開発しようという話があった。五十人乗り、七十人乗りとかの飛行機だ。しかし、現実に国内で需要を喚起しようと思ったら、これは八割方、航空政策ということになる。国土交通省が国内の飛行機会社がどういう機材を使っているか、それからローカルtoローカルで、どういうところに飛行機を飛ばすかという仕組みを整備しないといけない。いくら国産の飛行機を作ろうという夢があっても、需要のないところに産業はあり得ない。医療政策も同じようなミスマッチがあるのではないかと、今日の話を聞いて思った。

 議員 今現在、医療機器の分野で日本が世界に誇れる分野は全くないのだろうか。

 清水 内視鏡は唯一非常に強い。反対に弱いのは薬。これは今まで余りにも守られすぎてきた分野なのではないか。年間二千億円もの入超になっているのは、「薬価」という日本だけの特別なシステムの中で守られているがために、国際競争力がなくなっているからだと思う。一方、私が医療機器について強調しているのは、テクノロジーというものを入れやすいということで非常にいいと思ったからだ。

 平沼会長 清水先生とキヤノン本社に行ったときに聞いた話だが、小平に御手洗会長がすごい建物を建てた。その一つが病院。そこにMRIの機械を入れた。日本製じゃない。日本の普通の病院が買うには四億七千万円もする。ところが、キヤノンのブランド力のお陰か、御手洗さんは二億七千万円で買ったという。要するに、向こう側は戦略的に価格を付けている。四億七千万円のものが二億円値引きで買えるのだから。

 議員 航空宇宙産業などはアメリカが独壇場で、日本がそういう分野に参入するのはなかなか厳しい環境があるように思うが、医療についてそれはないと言い切れるだろうか。

 清水 例えば、日本が飛行機や人工衛星をいっぱい作るとなると、どういうわけか近隣諸国が「日本軍国主義の復活」などと騒ぐ傾向がある。しかし、人を治す薬とか人を助ける物を作っても誰も反対しないのではないかと思う。せいぜいアメリカの会社が競争相手にはなるかと思うが、そんなに政治的な問題にまで発展するものではないと思う。

 議員 アメリカの航空宇宙産業では、飛行機やロケットの部品は日本の中小企業のものが結構使われていると聞く。医療機器でも同じ様なことがあるのかどうか。

 清水 例えば、スクリーンはシャープの製品を使っているとか、コンピューターのCPUの部分は日本製を使っているということはある。しかし、そういう部品を提供するだけでなく、やはりトータルに機器として組み立てた方が産業としては非常に大きい利益を産む。なぜ日本でそれをしないのかと思っている。

 議員 逆にそれを日本で部品から組み立てまでを一貫してやることができればコストも勿論下げることができる。競争力もつく。中小企業の活性化にも繋がる。

 清水 その意味でも医療機器開発は、国家の産業活性化に少しでもお役に立てるんじゃないかと思う。従来は医者の方が薬価のことばかり話して、代議士の方々も医者に会うとすぐ診療報酬を引き下げるなという話ばかりするからと聞くのもイヤになっていると拝察する。そういう話とは全く別にして、日本の産業育成という脈絡の中で医療を考えていただければ有り難い。

 議員 産業界には、正当に技術を評価するという環境、モラルといったものが欠けているように思う。例えば、注射針でも痛くない針というのが出ているが、ある会社は平面の板を丸くかける。一方、まるっきり発想を変えてメッキで非常にいい針を作ってしまう会社もある。ところが、大手が買い取りに行くとそれは売らない。すると、その企業が厚労省に許可申請を出したりすると、大手はあの手この手で潰しにかかる。結果的にいえば、それは良い物であるにもかかわらず、世に出ずに終わる。そして、資本力のある誰かがそれを横取りしてしまう。そういう構造がある。

 平沼会長 だから、やはり議員が前に出て取り組まなければいけない。

 清水 日本のパイというのは一定に決まっているので、その中で医療産業ということを考えるとどうしても限られてくる。そうではなくて、日本の国家プロジェクトにして、世界のマーケットで計算するようになれば、もっと違った発想が出てくると思う。

(文責・正しい日本を創る会事務局)